今回のテーマは「芸術祭と就農!」

みなさん、こんにちは。

この記事はJA十日町とのコラボ記事です。

新潟県十日町市で世界的な現代芸術の祭典「越後妻有アートトリエンナーレ大地の芸術祭」が始まってから17年。地域に浸透し始めた作品やプロジェクトは数知れず、十日町市内でも多くの人が「アート」と関わりを持ちながら暮らしています。今回ご紹介するのは、松代の山間の”莇平”(あざみひら)集落で実施されているアートプロジェクトがキッカケとなり十日町市に移住、就農した1人の女性「茂木真梨子さん」。とかちゃん7月号の表紙写真にもご協力いただきました。

本日の記事は私と真梨子さんの共同執筆にてお届けしたいと思います。

地縁も血縁もない場所で暮らすこと

2015年3月。当時22歳の茂木真梨子さんは埼玉から単身、”莇平”(あざみひら)集落に移住しました。
大学時代は現代美術を専攻していた真梨子さんは、最初は大地の芸術祭のバスツアーがキッカケで十日町市と出会い、通っているうちに少しずつこの地に広がり始めた「人との縁」に惹き寄せられていったのです。

▲真梨子さんを受け入れてくれている”莇平”(あざみひら)の人達

こうして縁と縁が繋がって「移住者」としての生活は始まりました。移住のキッカケや想いを真梨子さんはブログにも綴っています。

 

移住者から農家の嫁になる

移住者としての生活は葛藤や悩みもあったといいます。しかし、この地の人達に助けてもらいながら、それらを乗り越えて、少しずつ「その土地の人になる」ということを真梨子さんは意識していきました。一つの転機となったのは「結婚」です。地元の農家に嫁入りして、真梨子さんは「新米の農家嫁」として新たな経験と挑戦の日々が続きます。

▲農家の嫁として仕事をする真梨子さん

 

実は移住当初の彼女の姿を私はよく知っていました。しかし、移住から3年目を迎えて嫁になり農家になり地元の母ちゃんとしての風格まで備え始めた真梨子さんは、私の知らないところで次なるステップへと足を進めていたようです。農家の嫁になってからの話は、もはやご自身で綴っていただきたいと思います!笑

 

地域の一員になるということ

さて、素晴らしい前口上からのバトンを引き続き、移住女子兼、移住嫁となった高橋真梨子です。(旧姓茂木)

地域の豊かな自然や、人々の営みに惚れ込んで移住、というのは今全国各地、この十日町内でも確かな動きとして見え始めています。しかしながら、”移住者”としての自分と、”地域の嫁”になった自分とではまた別のステージに入った感があります。具体的にいえば、まず地域との関わり度合いがぐっと深くなる。

 

▲莇平集落の収穫祭にて”嫁になった報告”をしました。

今までは良くも悪くも”ヨソモノ”的立場として、自由気ままに、地域のしがらみに縛られずやってきた訳ですが、”家”に組み込まれるとすると話は別です。十日町地域にはまだ”屋号”という風習が色濃く残っていて、互いを呼び合うときにも「●●屋」や「○○衛門」のように家の名前を使うのですが、始めはまだそこに慣れず、自分個人のアイデンティティがそこに収まってしまうような気がしていました。必然自分は”その家の人間”という目で見られるわけですから。「なんだかやりづらくなってしまうなぁ…」なんて正直思っていたこともあります。

けれどそれは裏を返せば、自分が”地域の一員”として確かに認められたということでもあります。

集落の方々の目線は、結婚した時点でもうかなり変わりました。それまでは”この子は、いつまでここにいるかな。どうせいつかは帰ってしまうんだろうけど”くらいに思っていた、という声を実際に聞きました。

試行錯誤しながらの挑戦

こうなったら、覚悟を決めてこの家の人間として、とことんやってやる!

ということで2017年4月から、本格的に家の農家業と平行して、自家生産米のブランディングとまたそれを発信するメディアをスタートさせました。

▽あらたまやhttps://www.facebook.com/%E3%81%82%E3%82%89%E3%81%9F%E3%81%BE%E3%82%84-276962459398488/?fref=ts

 

▲お米のパッケージをデザインし、お手軽なお土産サイズをつくってみる

移住前から、小さな区画を借りて畑作はやっていたことがありましたが、実際にはほぼ農業はド素人。

勝手がわからないことも多く、集落の方からしたらトンチンカンなことも、平気でやってのけてしまいます。

ただ、素人だからこそ、自然の中で目にするものすべてが、お米や野菜を育てる過程ひとつひとつが新鮮で面白く映るのです。「これって、絶対農家以外のひとが見たらびっくりするよね!というか知らないよね?!」

ということを自分自身がメディアになって発信していくことで、田舎で暮らしていく良さや、我が家でお米ができていくまでのストーリーが沢山の人に届いてくれたらいいな、と考えています。

 

今は亡き、私の農業のせんせいは、”いくらだって失敗していい。失敗して、次またもう少しうまくやれるように考えればいい”と繰り返し教えてくれていました。私の試行錯誤すらもこの地域の魅力として映るなら、どこまでだってやってやる、という意気込みでいます。

百姓という生き方

いま、目指すのは「農家の嫁としての自分」にどれくらい他の要素を+していけるのかということ。

もちろん農業はやりがいもあるし、大好きだけどそれだけでは食っていけない(厳密にいえば、食ってはいけるけれどそれだけでは生活できない)のも厳しい現実です。これはいま地域に移住して新規就農をする人すべてに言えることなのではないかと思います。

だからこそ、自分のスキルを他にどんなことに活かせるだろうか、と考え動いています。

例えば、昔から農家のお嫁さんといえば、内職などをして夜間、雨天、冬の稼ぎとしていました。農家は繁忙期と、仕事ができない時期がはっきりしているため、そのスキマ時間を活かさない手はありません。

私自身でいえば、もともと美術畑の人間ではあるので、一般の人よりほんの少し絵心があるかな?という程度のスキルではあります。今まで眠っていたそのスキルを活かせないかと、イラストの仕事を始めました。

▲左上 妻有新聞(2017/6/24)より 右上 TENY夕方ワイド新潟一番より

東京にいれば確実に埋もれていたと思いますし、掘り起こす気すら起こらなかったかもしれません。地方というのは慢性的に技術をもった人財不足な面があるため、”こんなことが実は、趣味なんですけど…”ということが意外に企業側にとって重宝することがあります。

他にも、手仕事が好きな(あくまで趣味レベル)側面を活かして、イベント等でワークショップをしたり、今後地域の伝統産業である織りの技術を継承して内職にできないかな、なんて夢が膨らんでいたりもします。

また、元保育士として、地域のこどもを地域の力でどうやって育んでいけるだろうかということも重要なテーマです。今、地域のママさん達で力を合わせ、十日町の自然や文化、人の魅力を活かした共育ちの場づくりが始まっています。

▽越後妻有 森のようちえん ノラソラ

https://norasora.jimdo.com/

 

こうやってみると、新しい生き方を目指しているようでいて、実は”百姓”というもともと農家の方が持っていた、様々な知識や技術を総合した生き方に根付いていることに気づかされます。

そういえば、自分が地域の方のこの”生きていく力・逞しさ”に惹かれてこの地にやってきたのだということを思いだしました。

農業の面白さってそういう面もあると思います。視点を変えれば伸びしろもたくさん。

”百姓”を目指す人が十日町に増えていけば、もっとここが面白い町になっていくのでは、そんなことも期待しつつ、まずは自分の足元を固めていこうかな、と思っているところです!

 

 

 

 

 

 

The following two tabs change content below.
茂木真梨子

茂木真梨子

2015年4月埼玉県日高市より移住開始。 大地の芸術祭の活動の一環である「明後日新聞社」 の編集長職をへて、今後は集落や地域の垣根を越え、 「とおかまち」全体の暮らしのいとなみ、豊かさ、 面白そうな”コトづくり”を伝えるさと記者を目指していきます。